誰が為に鐘は鳴る

「放水の時間です。ご覧下さい」

ガイドの説明とほぼ同時に、ダムから大量の水が放流された。
陽を受けてキラキラと輝く水しぶきが描く虹に 歓声をあげる人々の中で、
Gオンはひとり こことは別の ダムの町で過ごした懐かしい日々を想い返していた。


「…みごとなダムですねぇ」
「そういえば 町の人から聞いたのだが、先日 警察に追われて放水口あたりから飛び降りた者がいるらしい」
「うわぁ…あそこからですか…なんて無茶を…」
「まず無事ではすまないだろうが…死体もあがってないと…」
「こわいこと言わないで下さいよ〜」

物騒な話に皆が身をすくませる中、
Gオンは眉を寄せて、どうどうと音を立てて水が落ちる先をじっと見つめていた。



「お疲れ様でした。今夜7時から町長邸で歓迎パーティーがございますので、ぜひご参加下さい」

「すごいダムだったね」
「すばらしい景色だわ」

などと話しながら市街地に向かう者たちとは逆方向に、Gオンは歩き出した。

「Gオン王子、宿へはお戻りにならないのですか?」

そう尋ねる声に 後むきのまま 軽く手をあげて答え、川にそって歩を進める。


これといって大きな産業のない、静かな町。
美しい自然と対をなす巨大ダムが、観光名所となり 町の経済を支えている。
そして観光の目玉はもうひとつ。明日行われるドールパレードだ。

Gオンたちは ドールパレードをメディアに紹介するため 町長から招かれた
良く言えば華。要するに客寄せだった。

「客寄せでもよいではありませんか。我々の参加によって この町がメディアに取り上げられ、
それが観光客を呼び、町の活性化につながるのなら」

と、いうのが 招待を受けた王様同盟の考えだ。

その考えに一応賛同はするものの、パーティーに参加する気は起きなかった。
わけのわからない重税を課され、そのわりに還元されていない住民に対し、
町長の暮らしは贅沢すぎる。パーティーに使う金があるなら、もう少し 皆を豊かにできるはずだ。


ダム放流で増水した川を見つめながら、もう一つ もっと気になっていることがあった。
町のあちこちで見かけた 懐かしい彼の人相書きが 警察に追われてダムから飛び降りた者のうわさにぴたりと重なる。
間違いない。彼なら そういう無茶をする。きっとする。
水の流れを追い、計算する。気を失って流れ着くならどのあたりなのか。

それらしいポイントを見つけ、そこに立ってじっと考える。その回はドタバタだったのか?
ドタバタならば、水にバッシャァァと落ちても、一度ペッチャンコになったあと 
すぐに元通り膨らんで、逃走することが可能だ。
(あじゃぱ〜編で一緒にペッチャンコになったのが懐かしい)

他にも、どんな高い所から落ちても バンソウコウだらけですぐ動ける所が ドタバタ回のメリットだが
そうでなければ 普通に怪我をしてしまう。誰かの助けを必要とするはずだ。

手掛かりがないか見まわしてみる。

上の方に古びた修道院が見える。
何か知っている者がいるかもしれないので、 そこを訪ねようと近づいていると
建物から 一人の修道士が出てくるところが小さく見えた。

「Wンヌさん。鐘が直りましたよ。あとで鳴らしてみて下さい」

聞き覚えのあるその声に、Gオンの胸は高鳴った。
走って近づくと、少しきょとんとした顔をした彼と目が合った。

「Zロリ」

思わず呼びかけて、返ってきた答えにGオンは立ち竦んだ。

「はい」

…この違和感は何だ?

「はい」という返事など、彼の口から聞いたことはない。
それに今まで感じたことのない、この完璧にウェルカムな空気。
明らかに様子がおかしいZロリに、Gオンは戸惑った。

「キ…キミは…私のことを…」
「存じていますよ Gオン王子様。
明日のドールパレードをご覧になるために 王様同盟の方々がお越しだって、今朝、ニュースで拝見しました」

Zロリのセリフの2行目は ショックで聞こえていなかった。

「Gオン王子様」

その呼び名が示すものを Gオンは悟った。
私のことは知っているのに 私たちのことを忘れているのだ。
あの 吹雪の日に始まった 私たちのことは 彼の記憶から消えているのだ。

足元が崩れ、奈落に落ちる感じがした。

「お顔の色が……どうなさったのですか?」
「あぁ…少し休ませてくれないか…」

やっとの思いで それだけ言った。

to be continued